『妻』



彼女の可愛らしい感性を笑わないでいただきたい

『妻』

彼女が今思い描く『』とは、既婚者の女性のことを指すのではない
それを説明するには少々前置きが必要になる


彼女は度々仲の良いバレーボール部の友達の家にお泊りをする
女の子ばかり4人の決まったメンバー
いつも、お菓子を食べながらビデオを見たり
好きなアーティストやクラスの男の子の話で盛り上がり、夜が更ける

ある日、その中のひとりの多恵ちゃんが、えっちなビデオを持って来た
多恵ちゃんの彼氏のものらしい

勿論彼女は今までえっちなビデオなど見たことも、むしろ興味すらなかったのだが
その日見せられた数本の中の1本に、ひどく衝撃を受けたのである

『おさな妻 弘美』

衝撃を受けたのは、そのえっちな内容ではなく、その女優にである

勿論、その女優は本当に人妻ではないだろう。役の上での設定であるに違いない
しかし、豊満な身体に黒い下着を身に纏い、いやらしく男と戯れる『弘美』は
周りにいる女の子や、母親、近所のおねえさんやおばさんとは違った、
今まで彼女が思い描いたこともない、美しくも卑猥でエロティックな大人の女性であった


『妻』 みたいになってみたい


大人の女性に憧れる年頃ではあるが、こうも具体的に感じたことはなかった


そんな訳で、家族と夕食を食べていても、授業中であっても
黒い下着を纏った『弘美』 と 『妻』と言う文字が頭の中でぐるぐるぐるぐると廻っていた


水曜日
部活が休みの放課後

多恵ちゃんに、2人の好きなアーティストの新作のアルバムを
学校帰りに買いに行こうと誘われたが、体調が悪くて… と断ってしまった
言い訳をしたのは、何かうしろめたい思いがあったからかもしれない


帰り道、駅に直結しているデパートにフラフラと立ち寄った

4Fの下着売り場の前で足が止まった

色とりどりの下着がディスプレイされ、ここにも春を感じさせる空気がある
しばし立ち止まった後に、中の方へ足が進む

奥のほうに飾られてあった下着に目が釘付けになって息を呑んだ
黒い、薔薇柄のレースの下着


『妻』 が身に着ける下着だ


普段彼女は下着を自分で手に取り選んで購入していたが
この下着ばかりは指を触れることすら出来なかった
それは、禁断の領域にすら感じられた


『妻』 『弘美』 は

豊満なバストをこの黒いレースで覆い
危うく肌が透けて見えそうな布地で秘部を包み

大胆にも、両足を広げて見せた
己が女であることを勝ち誇っているかのように


やがて、その下着に男の指が這う

紅いグロスが艶やかに光る唇から、か弱く啜り泣いているかのような声を漏らし
長い巻き髪と腰を、妖しく揺らした


開げられた両足の付け根の部分を覆い隠す薄い布地に

指だけでなく、舌までもが這う



なんというショッキングな行為だろう



男の舌先が動くにつれ、『弘美』の啜り泣くような声が
悲鳴にも似た声に変わった

瞬く間に、その黒い、薄い布地が汚れていく
それは男の唾液だけではないことも、17の彼女は知っていた

汚れきった下着を男は剥ぎ取り
しかも男は、その下着の汚れた部分を口にしたのである


あああああ…!!!!



こんなにも黒い下着を汚してしまい
それを男の口に含ませる『弘美』は

なんという女だろう


『妻』 だ

『妻』 なのだ









「ご試着なさいますか?」

その時背後から、若い店員に声を掛けられた

かぁっと頭に血が昇って、意識さえ遠のくのを感じた






憶えていない
どんなふうにして家に辿り着いたのか
どうやってこれを購入してきたのかさえ

家に辿り着き、玄関のドアを閉めたとき
口の中がカラカラになって、いつもより激しく心臓が動悸していることに気が付いた

走って来た訳ではない

キッチンに向かい、母親の不在を確認した彼女は
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、2、3口それを流し込み
2階の自分の部屋に駆け上がった


部屋のカーテンを閉め切って、紺色のブレザーを脱ぎ捨て
胸元のエンジのリボンを引きちぎるように外した

そして、全身鏡の前でブラウスのボタンに手を掛けた
心なしか、指が震えている
ウエストのファスナーを降ろすと、紺色のスカートが滑るように足元に落ちた

鏡に映るのは、白いコットンの下着を着けた、164cmの細身で長身の少女であった


ソックスを脱ぎ捨て、白いコットンの下着を外し、ベッドに放り投げると

薔薇柄の黒いレースの下着を手にした
それだけで色白の彼女の肌は、たちまち紅く染まった

そして手にしたそれを身に着けるまで、少しの時間と勇気が要った



「痛っ、」

思わず声を上げた

乳房にその布地をあてがったとき、ナイロン製のラッセルレースが
敏感になりすぎた乳房の先端を擦ったのだ
まるで、黒薔薇の棘が引っ掻いたかのように


引き締まった身体に、長く伸びた四肢
か細いウエスト
決してふくよかではないバスト

そんな身体を、『妻』 が身に付ける黒いコスチュームが包んだ

鏡に映る自分を見て溜息を漏らした
そこに居るのは 『少女』 ではなく、紛れもない 『女』 であった


恍惚としたまま、鏡に映し出される女の姿を見つめ

その場に腰を降ろし
両足をゆっくりと開いて見せた

またそのエロティックな女の姿に、熱い溜息を漏らした



しかし、彼女は気付いていない


ベッドに放り投げ、忘れ去られた白いコットンの下着のことを

熱を帯びた少女の秘部を覆っていた布地が
男の唾液にまみれたあのシーンの下着のごとく、汚れてしまっていることを



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