のぶちゃんのおおきなて (二章)


数日間、とても親切にしてくれた戸倉将伸さんのことをずっと考えてた
そして、どんなお礼をしようかと言うことも

名刺に電話番号を書いていた指が思い出される
手袋なんて、どうかなぁ…


仕事帰りにデパートの紳士用品売り場を見て回ったけど、どれもおじんくさくて
行きつけのお店で毛糸の手袋を買った
茶色に、白い雪の結晶の模様

すごくかわいいかったから、色違いの自分のものも買ってしまった


ちょっと、かわいすぎたかなぁ

でもおじんくさいのよりはいいや


そう思って、戸倉将伸さんに貰った名刺を取り出した
携帯の時計を見ると21:00


今日会えなくても、今度でもいいや
そう思って電話を掛けてみた


ちょっと緊張する


出てくれるかな、

そう思っていた矢先、もしもし、と言う声がした

自分の名前を告げたが分かってもらえず
そりゃそうだ、あのときさちは自分の名前も名乗ってもいない


先日、駅でお世話になりました、

そう言うと、ああ、ああ、と言う明るい声が返って来た


その日に会えることになった
お世話になった駅の傍のコーヒーショップで待ち合わせることにした

律儀に覚えててくれなくても良かったのに、
そう言う彼に、赤い包みを取り出して手渡した
クリスマスのシーズンだから、包装紙はクリスマス用のものになっていたのだ

包みを開けた彼は、少し驚いて、そしてとても喜んでくれた
その一瞬見せた驚きは、その贈り物― 毛糸の手袋があまりにかわいすぎたからなのか

その思惑は的中したようだった


すごくかわいいね、これ

そう言って彼は笑いながら手袋を着けて見せた


実は、さちも色違いで買ってしまったんです

悪戯っぽく笑って色違いのオレンジの手袋をカバンから取り出した


2人で吹き出した後、ありがとう、大事にするよ
そう言って戸倉将伸さんは優しく笑ってくれた


なんて優しい目をして笑うんだろう、このひとは



さち
、って言うの?と名前を聞かれて
幸恵なんです、でもダサイでしょぉ、さちえって

そう言うと、


そっかぁ、将伸ってーのもダサイ?

幸恵よりはマシだと思うけど、ちょいダサかも

んじゃ、のぶちゃんだったらダサくないかな、


何だか嬉しくて、その日何度ものぶちゃん、のぶちゃんといっぱい名前を呼んだ
終電間際までコーヒーショップで話したあと、2人は席を立った

別れ際にもう一度、あの日のお礼を言って
…とは言え、その時は恥かしくて俯いて
だって、あの日のことを話せばあの時の醜態が蘇るから


もう飲めない酒は飲むなよ


のぶちゃんはそう言って笑うと、くしゃくしゃっとさちの頭を撫でた

その時、心がぎゅっ、て言ったんだ



さちが電車に乗って、発車して見えなくなるまで見送ってもらった
じんせいの中で、ちょこっといい思い出が出来たかもしれない
もしかしたら、さちのじんせいの中で、一番短い恋をしたのかもしれない


お揃いの手袋をした、もう会うことのないひと


そう思いながら吊り革に捕まった



***


2日後、バイト先を出ようと言う時間に携帯が鳴った
登録していない番号だから相手の名前が出ない

通話ボタンを押すと、おととい会ったのぶちゃんの声だった


手袋のお礼がしたくて、


すごぉくすごぉく嬉しくなって、時間と場所の約束をすると
パウダールームに駆け込み、薄いピンクのリップグロスを付けた


のぶちゃんに会える

すごぉくすごぉくうれしかった
その後意味もなくバタバタと走ってバイト先を飛び出した
待ち合わせの時間にはまだ間があったのに


待ち合わせの10分前に着いたというのに、のぶちゃんはもうそこにいた
そして、自分とお揃いの手袋がはめられていることに気付いたさちは
嬉しくて嬉しくて…

お揃いだね、と言って恥かしくなって下を向いたら
また、くしゃくしゃ、って手袋をした手で頭を撫でられた


のぶちゃんが、すきだ、

この大きな手が、だいすきだ、


さちは心の中いっぱいでそうおもっていた



2人はお好み焼き屋さんに入った

じゅうじゅうと言う音を聞くと、さちはうれしくなってコドモのようにはしゃいだ

お好み焼きは、楽しい
出来上がった料理を食べるだけじゃなく、2人の共同作業で料理を仕上げてゆく
上手に焼けた時は、出来合いを運ばれたものより、何倍もおいしい

それにしてものぶちゃんは器用な手さばきで、まるいお好み焼きを作る
さちのは、あんまり、まんまるくない


のぶちゃんはビールを飲んだ
2杯目を飲む頃には、のぶちゃんの顔も赤い


実は僕も、あんまり飲めないんだよ
飲みすぎると、たまに、あんなふうにトイレに駆け込むこともあるんだ

そう言って苦笑いした


じぶんで、指を入れるの?

そうだよ、自分で、あんなふうにやるの


のぶちゃんの手はすごいね。お好み焼き作るのも上手だし、何でも出来るんだ
魔法の指だね

のぶちゃんはちょっと得意そうで、おもしろかった


このひとには、おうちで待ってるおくさんもこどももいて、
さちをすきになることなんか絶対にありえないんだ

今日で、もうホントに会えないんだろうな


お店を出るときそう思ったらちょっと悲しくなった
そんな時だった

のぶちゃんの唇が、さちの唇に触れたのは


ほんの一瞬だった


ほんの一瞬、かすめただけだったけど
のぶちゃんの唇のあたたかさと柔らかさが、さちの心臓を一瞬停止させた

ものすごく、ものすごくびっくりした
ものすごく、ものすごく心臓がどきどきした


そのあとのぶちゃんはいっぱい謝った

僕、酔っ払ってる、ホントにごめん!!
さち、何かさびしそうだったから、あ、言い訳にならないな、
ごめん、ほんとにごめん、


謝らないでよ、

謝らないで、のぶちゃん


そう言ったら、涙がぽろぽろ、って落っこちた




その日から、2人のお礼返しが始まった
とは言え、ご馳走になるのは一方的にさちのほうだったけど

週に2、3日はのぶちゃんの残業があるから会えなかった
でも、それ以外のウィークデーは毎日会った


週末のことは、あえて口にしなかった


そして、クリスマスも近いある日、駅のホームで別れ際にのぶちゃんが
真面目な顔をして言った




クリスマスに、さちとえっちしたい






泣けたんだよ、さちは

なぜかこの言葉に感動したんだ
どんな愛の言葉よりも

のぶちゃんの胸に顔を埋めて、うん、うん、って泣いたんだ…


←BACK        19novelに戻る        NEXT→