のぶちゃんのおおきなて (四章)


事件はある日突然やって来る
夏のある日の出来事だった


月曜

この日はさちにとって特別だった

のぶちゃんと3日ぶりに会える日
下手したら4日、5日ぶりだってこともある
だから月曜はバイトも入れない。学校が終わったらまっすぐ帰ってお掃除をする

月曜は、キレイなお部屋でのぶちゃんを迎えたいんだ


地元の駅を降りると、夕方前の商店街はヒトで賑わっていた
子供の手を引くおかあさん、大きな声のおさかなやさんのおじさん

お惣菜やさんからは揚げ物のいいにおいがする
八百屋の店先に並んだトマトはぴかぴかしていた

そんな夕暮れ時の光景に包まれると、なんだかあったかい気分になる


交差点の角のお花屋さんは、お花の入ったバケツを路面に並べている
その中に無造作に放り込まれたなでしこが、夕暮れの風に揺れていた


ひとたば、ください


新聞紙に包んでもらったなでしこを大事に胸に抱いて、部屋に向かった


なでしこを空いたオリーブオイルの瓶に入れて、ベッドの脇の本棚の上に置いた
バランスがいいように、お花の向きを直してみる

お部屋のお掃除が終わって、お花を眺めながらベッドに寝転がっていたら眠ってしまった
どれくらい眠ったんだろう
メールの着信音で目が醒めた


もう会社を出れるから、40分後には着くよ
今日は何食べる?

お惣菜やさんのとんかつがおいしそうだったよ

おっけー、帰りに買っていくね

じゃぁ、さちはお味噌汁を作っているね

お味噌汁、楽しみにしてるよ
中華だしと間違えないようにね


おそらく、これが俗にいう、平凡なしあわせって言うんだよ
さちはそれを今手にしているんだ

鼻歌をくちづさみながら、冷蔵庫の中身を物色し始めた
これから2人に、とんでもない悲劇が待ち受けてるなんてことなどぜんぜん知りもしないで…


ただいま、


玄関のドアが開いた

いいにおいだね、お味噌汁、ちゃんと作れた?

そう言って、とんかつの入ったビニール袋をかさかささせながら
くつを脱いで入ってきた




のぶちゃん、髪切った?

うん、昨日


前髪が短くなって、もみあげが耳のとこでキレイに切り揃えられて
ちょいパリッとしたかんじ
なんだか、大学生みたい

おかえりなさいのキスをしたくて、のぶちゃんの傍に行って
頬に手を伸ばした時、


さちは一瞬固まった




…かおげ、そった?



ああ、ごめんね、そっちゃった

そう言うとちゅってしてきた。でもさちは固まったままだった



なんで???



のぶちゃんの顔には、無色透明の柔らかいかおげがいっぱい生えていた
遠目には分からないけど、近づいてよーく見ると、うっすらと生えている産毛がある
さらに頬をすりすりし合うと、ふさふさふさって感じがしてとっても気持ちがいい

さちは、のぶちゃんのかおげが大好きだった

えっちする前とか、えっちした後とか、いつも頬をすりすりし合って
柔らかいかおげの感触に包まれてしあわせに浸る
赤ちゃんがおかあさんのちくびを口に含んで安心する― そんなかんじ



のぶちゃんは、いつも頬をすりすりさせてくれて
さちがそのかおげをどんなに大好きかってことはよく知っていたはずだ

しかも、前に散髪やさんに行ってきた時、やっぱりかおげがなくなっていて
床屋に行くと剃られるんだよ、というのぶちゃんに
今度は剃らないでくださいってちゃんと言ってね、約束だよってお願いもしてあったのに


固まったままのさちに、のぶちゃんは手を洗いながら言った

床屋に行くと、気持ちよくて寝ちゃうんだよ
気が付いたら、知らないうちに剃られてるんだ



そんな言い訳、先月も聞いた


そんなの、
床屋さんのイスに座った時に言えばいいじゃない!!


ごめんね


のぶちゃんは手際よくお味噌汁を温め器に盛り、ごはんをよそってテーブルに並べた
ああおいしそうだと言いながらとんかつを器に盛る横顔は
ぜんぜんごめんだなんて思っていない


ひどい


ほら、おいしそうだよ、食べようよと声を掛けるけど、さちは身動きが取れなかった


いつまでも拗ねてないで。またかおげは生えてくるから


そういう問題じゃない。それに生えてくるまでもうすりすり出来ないじゃない
さちがのぶちゃんのかおげ、大好きだってことは知ってるでしょ?


のぶちゃんは返事をしないでお箸を並べた
代わりに、さ、食べるよと言った


さちのものすごく大切で大好きなものを、このひとは自らの手で取り上げてしまうことが出来るんだ

どうして?
さちは、すきなひとの大好きなものを取り上げたりしない。絶対だいじにする
このひとはすきなひとにそんなひどいことが出来るんだ


そう思っていたら、怒りがどんどん込み上げてきた


のぶちゃんは突っ立ったままのさちをシカトして、ごはんを食べ始めた
うまい、揚げたてはうまいなぁ、早く食べないと冷めておいしくなくなるよ、


どうでもいいんだ、
さちにとってすごく大切なものが、このひとにとってはその程度なんだ
のぶちゃんにとって、こんなふうに怒ったり悲しんでいるさちのことなんか、大した問題じゃないんだ


鼻の奥がつーんとして、涙がこみあげてきた
でも、泣いているのをみられるのは悔しいから、後ろを向いて座った


おちゃわんを置く音がした
のぶちゃんが後ろから抱きしめて、キスをしてきた

思わずそれで、心がぜんぶ許しそうになったけど、
やめて!!
そう言ってのぶちゃんの手をふりほどいた


のぶちゃんは黙って自分の場所に戻り、ゴハンを食べ始めた


自分が食べ終えると、食べた食器を洗い場に運び、カチャカチャと洗い始めた
さちのゴハンにはサランラップが掛けられた
そしてコーヒーを入れて、テレビを付けて、タバコを吸い始めた

さちはずっと背中を向けて座ったままで
あれからひとことも口を訊かなかった


のぶちゃん怒ったのかな
そっとしておいてるだけなのかな


そうじゃない
のぶちゃんって、こうやって知らんぷりするのが得意なんだ
そうやって、おとなの特権みたいなのを行使するんだ
ずるい、それで勝ったつもりでいるの?


いろいろ考えてたら、また涙がこみあげてきた
泣かないでおこうと思うのに、はなみずが出るからずるずると啜った
のぶちゃんは、ずっとテレビを見ていた


完全にシカトしてるんだ


もう溢れる涙を止めることは出来ない
さちは立ち上がって玄関に行くと、サンダルを履いて部屋を飛び出した

バタン、と勢いよくドアが閉まった
駅と反対の方向に全力疾走して、ひとつめの曲がり角のところまで行って振り返った


追いかけて、来ないのかな


立ち止まっていたけど、追いかけて来る様子がないから
とぼとぼと歩きだした

行くあてはない
のぶちゃんがちゃんと見つけ出してくれそうな場所をうろうろ探した

公園だ
ここなら真っ先に探しに来るだろう


そう思ってベンチに腰掛けた


夏の夜風が気持ちいい
そうだ、今日買ったなでしこを、のぶちゃんは見てくれただろうか


ぐぅ〜…


…おなかすいた

ひとはどんなに悲しいことがあっても、おなかがすくもんなんだ



どれくらい経っただろう

携帯もないから時間も分からない

背後で足音がするとぴくっと反応するけど、わざと振り向かないようにがんばった
次第に足音が遠ざかる
振り返ると、会社帰りのサラリーマンのひと


なんだ…


そんなことを繰り返し、虫の声を聞きながら、空に輝く星をぼおっと眺めていた


探しにも来てくれないんだ

もう怒って帰っちゃったかな


さちが帰って、のぶちゃんが部屋にいなかったら、さちはどうしたらいいんだろう

考えられない
考えられないよそんなこと


さちだけのものだった、さちのすべて

のぶちゃんの優しさだとか、気持ちいいえっちだとか
ふと見せるかっこいい横顔だとか、はだかで抱き合った時の幸福感だとか

そんなものがじわじわとさちの心と身体を冒していって

どうしてのぶちゃんをすきかだなんて、今、もう理由はない
いつの間にか、さちのすべてにはのぶちゃんが存在している
そんな、心と身体になってしまった


もう、離れられないんだ



涙が止まらなくなった
はなみずも出る。ティッシュがほしい


ベンチに横たわった。ひんやりと固くて冷たい
このまま消えてなくなってしまえたらいいのに



…トイレにいきたいな


トイレに行きたいから帰るのもなんだし、かと言って何も買わずにいてコンビニのトイレも借りにくい

まだがまん出来る、大丈夫だ

そう思いながら、ずっとベンチの上で身を縮めて横たわっていた
トイレに行きたくなってから余計に、言いようのないほどの空しさが込み上げてきた


なんでこんなことになったんだろう
3日ぶりに会えたって言うのに、どうしてケンカなんかになっちゃうの?

大好きなんだから、いつも仲良しでいたいのに


のぶちゃんのばか

だいきらい



のぶちゃんのばかばかばか!!


なんでさがしに来ないんだよっ…!!!!









コラ、そこの家出少女!!


大きな声にびっくりしたけど、すぐにのぶちゃんの声だって分かった
でも、振り返らないよ
さちは、怒ってるんだよ


でも、探しに来てくれてほっとした
ほんとなら、泣きながらのぶちゃんの胸に飛び込みたい


ホラ、風邪引くよ、起きて、

肩に掛ける手を振り払った


もう… ほんとに手が掛かるなぁ


そう言うと、さちを抱き上げてかおげのない頬をすりすりしてきた

どうやって素直になればいいか分からない
どんな態度を取っていいのか分からない
いちおう、ぶすっとした顔を貫き通した


のぶちゃんは、さちを抱いたまま歩き出した



おうちに帰ろう、




…そうか

あそこはちいさいけれど、さちとのぶちゃんのおうちなんだ
のぶちゃんがいなくなる心配は、しなくていいんだ


自分で歩けるよ、

つっけんどんに言って、のぶちゃんの腕から降りた
のぶちゃんが、手を繋いできた


あったかい


その大きな手を、ぎゅっと握り返した



お部屋に入ると、まだテーブルにさちのゴハンが並べられていた
さちのぶんの、冷めたコーヒーも一緒にあった

おなかすいた、
そう思ってテーブルに向かおうとしたら


ダメ。


そう言ってさちを抱え上げて、ベッドの上に連れて行った


あ、待って、トイレに行きたい


ダメ。


のぶちゃんはさちのシャツのボタンを外し、強く胸を触った
そしてスカートの中に手を入れて、手荒に下着を降ろすと
自分のズボンを脱いでコンドームを付けはじめた


のぶちゃん、トイレ行かせて、

ダメ、これからお仕置き


そう言っていきなりおちんちんを入れようとした

ダメだよ、そんないきなり入らないよ、
あっ、


…ほら、 入った


眉間に皺を寄せ、はぁはぁと言いながら強引に動かしはじめた

ムリに入れて動かす摩擦が、どんどんあそこを熱くさせる
おしっこしたさがなにか、気持ちよさを倍増させてる


のぶちゃん、ダメだよ、
気持ちいいが終わったらおしっこもらしちゃいそうだよ

いいよ、もらしたらシーツ洗ってあげるから


もらすわけにはいかない
がんばるんだ

そう思えば思うほど、気持ちよくて辛抱たまらんと言った感じだった


のぶちゃんの動きが荒々しくなって、眉をしかめた
のぶちゃんのほうが先に終わった

早い

今日はめちゃくちゃチョッパヤだ
何に欲情したんだろう


ゆっくりとおちんちんを抜くと、今度はそれが入っていた場所に指をふたつも入れて
ぐちゃぐちゃと動かし始めた


ダメ、ダメ、もれる!!

いいよ、


いいよって言われたって、そんな訳にはいかない
でもあそこは勝手に気持ちいいと言っている
さちの理性は絶対にもらしちゃいけないと叫び、本能の戦いが始まった


う、う、う…


ラクになりな、

いじわるを言いながら、指を強く動かし始める
いつの間にか、さちのここはぬるぬるのぐちょぐちょだ


う、う、う、 ぁ、ぁ、


ぁ、

ぁ、


ダメだよ、ああ、

出ちゃう


く、


ぁ…!!!!



脱力する間もなく、急いで手を腰の下のシーツにやった
濡れていない


助かった…


ようやくトイレに行くお許しが出た
幸せを噛み締めながらトイレから出てくると、のぶちゃんはぎゅうっとさちを抱きしめた



ごめんな。かおげ、もう剃らないよ


…うん、

…うん、



ゴハン食べな

うん


とんかつ、オーブンで温め直してあげるから

うん


あ、コーヒー下げないで。のむ

冷たくなっちゃったから、入れなおすよ

ううん、これがいいの。これが飲みたいの


冷めたコーヒーは、のぶちゃんのやさしさがいっぱいこもっていて、あったかかった


手際よく、テーブルに温め直されたものが並べられた
お箸を取って、とんかつをつまんで口に運んだ


おいしい!!


のぶちゃんは頬杖をつきながら、優しい目でさちを見ていた
やっぱり、のぶちゃんが大好きだ
ずっとずっと仲良しでいたい


ぱくぱくとごはんを食べてお味噌汁を口に含むと、思わずうっ、と出しそうになった


…やっちゃった…

だから、中華だしと間違わないでってメールしたでしょ





これは飲めないな

あ、でものぶちゃんは食べてくれたんだ



なでしこ、きれいだね


ぐすん。

ちゃんと気付いてくれたんだ…


うう…

うぇ、 うぇーん…


泣かないの、ホラはなみず垂れてる。
ハナかんで


のぶちゃん、のぶちゃん、だいすき
ぶぶーっ


知ってるよ




ある夏の日の、さちとのぶちゃんの事件だった


おしっこをガマンしながらの仲直りのえっちは
言いようもないくらい気持ち良かった



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