のぶちゃんのおおきなて (六章)


アパートの前にタクシーを止めた

タクシーの中でずうっと寄り添い合い
ふたりでひとつ、そんな生き物になった気さえしていた

部屋の鍵を開けるのももどかしい
ガチャリと鍵が開いて部屋に雪崩れ込むと、電気も点けずに2人は床の上に縺れ込んだ

スカートの中にのぶちゃんの手が這って来た


じんじんしてるとこって、どこ?

…う、う


ちゃんと言わないと分からないよ

そんないじわる、言わないで…


さちはのぶちゃんの手を掴み、言葉の代わりにじんじんした場所へ導いた


いい子だ


のぶちゃんは片手で器用にスボンのベルトを外してコンドームを付けると
さちの下着を降ろして押し入ってきた


うぁぁぁぁぁ…


入って来るための準備もいらない
着てるものもそのままで、盛のついた動物のように貪り合った




何度 『気持ちいい』 が終わっただろう
時計の針はとっくに12時を回っている

声も擦れ膝の力さえ入らなくなり、2人はぐったりとベッドに横たわった
のぶちゃんの左腕に抱かれて首筋に顔を埋めた

のぶちゃんのにおいがする…

安らぎを探し当てたようにほっとして目を閉じた


不思議だ
さっきまでのとりとめのない欲求を忘れたかのように、穏やかで優しく
泣きたいくらい切ないきもちになる

『あいしてる』
そう素直に、心から呟ける瞬間でもあった

えっちって不思議だ
心の鎧を全て取っ払うことの出来る行為だ
今なら曝け出せる
そんな気がする


ねぇ、

何?


えっちをすればするほど、のぶちゃんが好きになるよ




いいのかな… その…




どした?


さちの髪を撫でるのぶちゃんの手は、限りなく優しい


「いつまで、こうしていられるのかな」


「いつまでさちは、こんなことしてるのかなぁ…」



好きだからこそ、独占できないことに対する空しさ


でも、おそらくそれは二人の間での禁句であったに違いない
好きだけではどうにもならない現実、
それでも好きだから一緒にいるために。口にしてはいけない言葉



髪を撫でていた手の動きが止まった
のぶちゃんは黙ったまま目を閉じた

そして、ゆっくりと目を開いた
その眼差しの先はさちではなく、遠いところをまっすぐに見ていた

そんな目を見た瞬間、発した言葉の重大さを感じた
すぐに後悔のおもいでいっぱいになった


ごめんな。

ぽつりと呟いた


ちがうの、ちがう、

とっさに言葉を取り繕おうとしたが、うまい言葉が出て来ない


つらいおもい、させちゃったね


ちがう、ちがうよ、
さち、つらくないよ、こんなふうにのぶちゃんと一緒にいれてしあわせだよ


さちを見てよ
遠いところを見つめるのぶちゃんにしがみついた


もう、おわりにしようか。




言葉は何も出て来ない
涙が溢れ、嗚咽に変わるだけだった

そんなさちの傍で、静かに身支度を始めた


ごめんなさい、ごめんなさい
もうバカなことは言わない
ごめんなさい


バカは僕だよ
ほんとに、バカだよ


身支度が終わると、鞄を持った


イヤだよ、こんな結末ってないよ
何で?何で?
お互いの大好きが、こんなふうに終わるのはイヤだよ


泣きじゃくるさちを、少し悲しく、優しい目で見つめて
瞼に唇を付けた
大人のひとであるかのように


こんなふうに終わってしまえるんだ
のぶちゃんにとって、それだけのものだったんだ


それだけのものじゃなかったことは、さちが一番知ってるだろ…


そう言うと、のぶちゃんは玄関に向かい靴を履いた
決めたんだ、このひとは
この決心は誰にも変えさせることは出来ないんだ…



ありがとな、さち
心から、好きだったよ
ありがとな


それは
意識さえ遠のいた瞬間

出来るなら倒れてしまいたい
そしたら、今この扉を開けることをやめるかもしれない


なのに、ドアノブに手を掛けた後ろ姿を見つめ続けるしか出来なかった

スローモーションのように、扉は開かれる



― ばたん




みぞおちに太い杭を打ちつけられる鈍い音を聞いた
それと同時に
未だ味わったこともない激痛が、胸の中心から手足の先まで走った
呼吸と同時に涙が止まり、辺りはモノクロの世界へと変わった




あっけなさすぎる
あんなに慈しみ合い、あいしあい、大切にしてきたおもいの数々が

あっけなさすぎる
こんなふうに、終わってしまうものなんだ




一体いつ、このあふれるような大好きを、おもいでに変えることができるだろう

一体いつ、のぶちゃんをおもいでなどとゆうものにしてしまえるのだろう―




呆然としたまま泣くことも出来ず
何時間もその場で身動きが取れず、震えることしかできなかった


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