のぶちゃんのおおきなて (七章)


どのくらいの時が経ったのだろう


三日三晩、さちは呆けたままだった
立ち上がるのはトイレのみで
電気も点けずお布団の中で、眠ったかと思えば目を醒まし空をみつめ
また浅い眠りに堕ちる、そんな繰り返しだった


あたまの中は真っ白で、何も考えてはいない
悲しみを受け止めることも出来ず、泣くことすら出来ずにただ呆けていた


携帯が鳴るたびとてつもなくどきりとしたが
すぐにのぶちゃんではないことに気付き、次第にその音も意識下に消え去られていった

なぜなら
のぶちゃんから掛かってくる電話とメールの着信音は
のぶちゃん限定の音になっていたから



インターホンが鳴った

心臓が止まる思いをしてベッドから飛び起きたが、膝の力を失くして倒れこんだ
三日三晩ちゃんと眠れている訳でもなく、何も口にもしなかったせいで
身体は衰弱しきっていた

インターホンの相手を確かめる間もなく、さっちゃん、さっちゃん、と呼ぶ声がした

バイト先の、たくちゃんの声
そうだ、無断欠勤、しちゃったんだ


さっちゃん、いないの?

ドアが開いた

のぶちゃんが出ていったまま、鍵さえ掛けていなかった


…なんだ、開いてるじゃん、いるの?


何?オマエ何してんの?


シャツを1枚着たままで、ベッドの下に倒れたままのさちを見て
たくちゃんが掛け込んだ


どした?!風邪でも引いてんの?!
さちを抱き上げて額に手をあてた


いつからこのまんまなんだよ?

…分からない


何も食ってないの、オマエ?




起きられるか?

…うん


とりあえず、フロ入れよ




彼はさちを抱き起こすと、浴室に連れて行った
その場に立ちすくんだまま動こうともしないさちに

オレ、何か買って来るから。シャワー浴びとけよ


そう言ってシャワーの栓を捻ると、浴室のドアを閉めて出て行った


のろのろとシャツを脱いで、シャワーから流れるお湯で身体を打たせた

熱いお湯が身体を打つ度、身体に温度が戻ってきた
堰(せき)を切ったように涙が溢れ、声を上げて泣いた

やっと悲しみを受け止めることが出来たのだ…


数十分無心に泣き続けていると、たくちゃんが玄関のドアを開ける音がした


大丈夫か?


…うん、大丈夫

返事をして、タオルにボディーソープを落とした
そうだ、お風呂にも入ってなかった…



濡れた髪をとかし、浴室から出ると
たくちゃんは勝手にお湯を沸かし、インスタントのカップ茶漬けを作っていた


食える?


…ありがとね


コンビニ食材でごめん。オレ何にも作れないんだ


のぶちゃんは器用で、何でも作れた
のぶちゃんは、お味噌汁のだしのとり方までしっていた
のぶちゃんは、さちのおいしいとおもうものを良くしっていた
のぶちゃんは、
のぶちゃんは、
のぶちゃんは…

また嗚咽が込み上げる


おい…

たくちゃんはオロオロして、ティッシュペーパーを2、3枚引き出すとさちの手に握らせた


付き合ってたやつと、何かあったのか

あ、店長には風邪でぶっ倒れてたって言っとくから

食えたら食えよ


それだけ言うと、黙ってさちを見ていた


ありがとね、

そう言って止まらない涙を拭い、お茶漬けのカップに口を付けた


…あったかいね

涙声でそう言うと、たくちゃんは嬉しそうな顔をした


半分くらい食べ終えると、お箸とカップを置いた


良く食ったな、デザートもあるぜ、
そう言うと、コンビニの袋からチョコレートのプリンを出した

フタを開けて、さちに手渡す

食えたら、食え


さちはプリンを口に運ぶと


おいしい、

そう呟いた




なんとか生気を取り戻したみたいだな

そう言ってたくちゃんが立ち上がった


大丈夫か?バイト来れる?学校とか行ける?

うん、大丈夫、


ムリすんなよ、バイト休みたいなら店長に言っておくから

ありがと、悪いけど、少し休みたい


分かったよ。言っとく。ちゃんとモノ食えよ、

うん、


たくちゃんがドアノブに手を掛けた
その瞬間、さちは狂ったように泣き叫び出した

―フラッシュバックという現象

たくちゃんがのぶちゃんの出て行く姿と被り、半狂乱になった



おい!! おい!!


さちを強く抱きしめると、そのままベッドに連れて行った
ガチガチと奥歯の音を立て震えるさちを抱きしめるしかなかった


そして卓也は丸二日、さちの部屋に、さちの傍にいた
さちを抱きしめながら、眠らせた
人肌がないと、さちは眠ることさえしなかったから





卓也が買い物に出る時は、さちが眠っているかお風呂に入っている時にした
1日分の食材を買い込み、それも慌てて帰って来た

三日目にはようやく正気も取り戻して
もう大丈夫だからと卓也に何度も言った


学校もバイトも休ませてごめんね、
ほんとにごめんね


バカ、そんなことどーでもいーんだよ


たくちゃんが帰ってしまうのは少しこわかった
今心の拠りどころを失くしてしまうことが、すこしこわい
それでもいつまでも甘える訳にはいかない

さちは今出来る限り最上の笑顔で言った

もう大丈夫だから


…痛々しいよ。そんなふうに笑うなよ
どんなやつだよ、さっちゃんをこんなに苦しめるやつって


卓也がさちを抱きしめた

そのままベッドに押し倒したが、さちは全く無抵抗だった


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